東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)13号 判決
事実及び理由
原告主張の審決を取消すべき事由の存否について判断する。
(1) 原告は、第一に、本願考案の液晶表示素子と第二引用例記載の表示用放電管との間に技術的親近性があるとすることは誤つていると主張する。しかし、成立に争いのない甲第二号証の一ないし四(本願考案の実用新案登録願書及び手続補正書)、第四号証(第二引用例)によると、本願考案のものと第二引用例記載のものとは、表示装置としての表示の基本原理を異にするものであることは明らかであるが、本願考案は表示の基本原理にかかわるものではなく、表示用電極及び対向電極と回路との接続構造に関するものであることもまた明らかなところであつて、共に表示素子としての技術分野に属する本願考案と第二引用例記載のものとが、電極を形成した上下二枚の基板のどちらか一方に対向電極接続用電極を設け、この対向電極接続用電極を設けた側の基板に対向電極を電気的に接続することにより、回路への接続を右対向電極接続用電極を設けた基板で行なうようにした表示素子である点において、共通するものであることを認めることができる。したがつて、本願考案と第二引用例記載のものとの間に技術的親近性ありとした審決の認定を誤りとすることは相当でない。この点に関する原告の主張は理由がない。
(2) 次に、本願考案と第二引用例記載のものとの電極接続部分の具体的構成の相違について検討する。
原告は、審決が「電極間の液晶内部に対向電極接続用導電物質を設けることは、誤動作等のため不可能であることを考えると、本願考案のように閉鎖容器の外部で二枚の基板を接続せざるを得ないことは明らかである」旨説示したのは、その前提において誤つていると主張する。しかし、液晶が化学的に安定性が悪く、劣化し易く、寿命が短いことは、原告の強調するところであり、成立に争いのない甲第九、第一〇号証によつても、本願考案の登録出願前すでに公知であつたことが明らかであるから、液晶の閉鎖容器の内部で電極間の接続を行なうと、液晶との反応、誤動作等の発生により、表示素子としての機能が損なわれることは、当業者のただちに予測すべきところであつて、これを避けうるような接続手段を考えることは当然のことといわなければならない。したがつて、審決が「誤動作等のため不可能」としたことは、原理的には誤りであつて、その措辞当を得ないものであるにしても、実際には内部における接続をとるようなことはしないであろうとの趣旨に解すれば、説示の趣旨必ずしも審決の独断で、そのため審決の結論まで誤るに至つたものとすることは相当ではない。
そして、本願考案の目的ないし技術的解決課題が液晶の劣化防止、寿命の増加にあるとのことは、本願考案の明細書(前掲甲第二号証の一ないし四)に何の記載もないことは明らかであるが、右認定のように、液晶が化学的に不安定で寿命が短いことは、本願出願前すでに公知の事実であつたから、当業者ならば当然に液晶の問題点として意識していたはずの事項というべきであり、したがつて、原告がこの点の主張をすることが許されないわけではない。しかし、前記のように、表示用放電管に関するものであるにせよ、一般に対向電極と対向電極接続用電極とを電気的に接続して回路への接続を一方の基板だけで行なうことが公知の技術である以上、これを本願考案のように第一引用例記載の液晶表示素子に適用する場合には、対向電極と対向電極接続用電極との接続個所としては、閉鎖容器の内部か外部の何れかを選択するほかないわけであるが、閉鎖容器の内部で接続すれば、前記のとおり液晶との反応、誤動作等の発生により表示素子としての機能が損なわれることが当然に考えられ、これを防止するためには絶縁処理等を必要とすることなどを考慮すると、閉鎖容器の外部で接続するようにすることは、当業者がきわめて容易に想到しうるところであるといわなければならない。したがつて、この点に特に考案があるとは認め難いとした審決は、その結論において誤りはない。
また、前掲甲第一〇号証によると、液晶表示素子において閉鎖容器を形成する上下二枚の基板の間隔は一〇ミクロン程度のきわめて狭いものであることが認められるから、この間の電気的接続をリード線のはんだ付けによることは、実際上不可能なことであつて、このような場合に上下二枚の基板に設けられた両電極を接続するには、その間に適宜の導電物質を介在させる以外に方法はなく、これは当業者であれば当然に着想実施すべきところといわなければならない。この点について、原告は、本願考案のものは、両電極の接続は上下二枚の基板の間隔内で、かつ閉鎖容器の形成と同時に加熱または圧縮等の方法によつて行なうものである旨主張し、右接続機構の進歩性を強調するが、そのようなことは、本願明細書(甲第二号証の一ないし四)を検討しても何らの記載もなく、本願は右接続方法ないし手段に関する発明ないし考案でもないのであるから、原告主張のような接続機構の技術構成を採り上げて、本願考案と第二引用例記載のものとの構成上の相違を云々することは失当であるといわざるをえない。
(3) 以上のとおり、原告の主張はすべて理由がなく、本願考案は、第二引用例において表示用放電管について開示されている技術事項を第一引用例の液晶表示素子に類推転用することにより、当業者がきわめて容易に考案することのできるものとした審決の認定判断に誤りはないというべきである。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
上下2枚の基板にそれぞれ電極を設け、該電極を形成した上下2枚の基板とスペーサーにより閉鎖容器を形成し、該閉鎖容器に液晶物質を封入した液晶表示素子において、前記上下2枚の基板のどちらか一方に対向電極接続用電極を設け、前記液晶物質の閉鎖容器の外部の上下2枚の基板の間隔内で導電物質を介して前記対向電極接続用電極を設けた側の基板に対向電極を電気的に接続することにより、回路への接続を前記対向電極接続用電極を設けた基板で行うことを特徴とする液晶表示素子。